ビザ免除プログラム(VWP)とは、VWP対象国の国籍を有する方が全てのVWP要件を満たす場合に限り、ビザなしで最大90日間、米国に滞在できるプログラムです。, アメリカの文化や社会、日米の人的交流、女性の活躍推進、観光、日米同盟など多岐にわたるテーマの記事を掲載している在日米国大使館の公式マガジン, 米国の大学では、他では得られない質の高い教育を提供しています。詳細はこちらをご覧ください。, A Broader View ―人生を変えるアメリカ留学― は、アメリカ留学・生活経験者のインタビューを集約した留学推進ビデオプロジェクト, 71年前の明るく晴れわたった朝、空から死が降ってきて世界は一変しました。閃光(せんこう)と炎の壁によって町が破壊され、人類が自らを破滅させる手段を手にしたことがはっきりと示されました。, 私たちはなぜ、ここ広島を訪れるのでしょうか。それほど遠くない過去に解き放たれた、恐ろしい力についてじっくりと考えるためです。10万人を超 える日本人の男女そして子どもたち、何千人もの朝鮮半島出身の人々、12人の米国人捕虜など、亡くなった方々を悼むためです。こうした犠牲者の魂は私たち に語りかけます。彼らは私たちに内省を求め、私たちが何者であるか、そして私たちがどのような人間になるかについて考えるよう促します。, 広島を特別な場所にしているのは、戦争という事実ではありません。古代の遺物を見れば、人類の誕生とともに暴力的な紛争も生まれたことが分かりま す。人類の初期の祖先たちは、火打ち石から刃物を、木からやりを作ることを覚え、こうした道具を狩猟だけでなく、人間を攻撃するためにも使いました。どの 大陸においても、原因が穀物の不足か、金塊を求めてか、強い愛国心か、熱心な信仰心かにかかわらず、文明の歴史は戦争で満たされています。帝国は盛衰し、 人々は隷属させられたり解放されたりしました。その節目節目で、罪のない人々が苦しみ、無数の人々が犠牲となりましたが、その名前は時間の経過とともに忘 れ去られました。, 広島、長崎で残酷な終結を迎えたあの世界大戦は、世界で最も豊かで最も力を持つ国同士の戦いでした。これらの国々の文明により、世界は素晴らしい 都市と見事な芸術を得ることができました。これらの国々から生まれた思想家たちは、正義と調和と真実の思想を唱道しました。しかし、この戦争を生んだの は、最も素朴な部族の間で紛争の原因となったものと同じ、支配したいという基本的な本能でした。古くから繰り返されてきたことが、新たな制約を受けること なく、新たな能力によって増幅されました。わずか数年の間に、およそ6000万人の人々が亡くなることになりました。子どもを含む、私たちと同じ人々が弾 丸を浴び、殴られ、行進させられ、爆撃され、投獄され、飢え、ガス室に送られて死んでいったのです。, 世界には、この悲劇を記録する場所がたくさんあります。勇気と英雄的な行為の物語を伝える記念碑、言葉では言い表せない悪行を思い起こさせる墓地 や誰もいない収容所などです。しかし、空に立ち上るキノコ雲の映像の中に、私たちは、人間が抱える根本的な矛盾を非常にはっきりと思い起こすことができま す。すなわち、人間の種として特徴付ける、まさにその火花、つまり私たちの思想、想像力、言語、道具を作る能力、人間を自然から引き離し、自分の思いどお りに自然を変える能力が、比類ない破壊をもたらす力を私たちに与えたのです。, 物質的進歩や社会的革新によって、この真実が見えなくなることはどれほどあるでしょうか。より大きな大義の名の下に、暴力を正当化する術を身に付 けることは非常に容易です。全ての偉大な宗教は、愛と平和と正義に至る道を約束します。しかし、いかなる宗教にも、信仰を殺人の許可と考える信者がいま す。国家というものは、自らを犠牲にして協力し、素晴らしい偉業を成し遂げるために人々を団結させる物語を語って生まれます。しかし、その同じ物語が、自 分たちと異なる人々を弾圧し、人間性を奪うために何度も使われてきました。, 科学によって人間は、海を越えて通信し、雲の上を飛び、病を治し、宇宙を理解することができるようになりました。しかし、こうした同じ発見を、これまで以上に効率的な殺人マシンに転用することもできます。, 現代の戦争はこの真実を教えてくれます。広島はこの真実を教えてくれます。人間社会に同等の進歩がないまま技術が進歩すれば、私たちは破滅するでしょう。原子の分裂を可能にした科学の革命には、倫理的な革命も必要なのです。, だからこそ私たちは、この場所を訪れるのです。この町の中心に立ち、勇気を奮い起こして原爆が投下された瞬間を想像してみるのです。目にしている 光景に当惑した子どもたちの恐怖を感じてみるのです。 声なき叫び声に耳を傾けるのです。私たちは、あの恐ろしい戦争、それ以前に起きた戦争、そしてこれから起こるであろう戦争の犠牲になった罪のない人々のこ とを忘れてはいません。, 単なる言葉では、このような苦しみを伝えることはできません。しかし私たちは歴史を真っ向から見据え、このような苦しみが二度と起きないようにす るために、どのように行動を変えればいいのかを考える責任を共有しています。いつの日か、証人としての被爆者の声を聞くことがかなわなくなる日が来ます。 けれども1945年8月6日の朝の記憶が薄れることがあってはなりません。この記憶のおかげで、私たちは現状を変えなければならないという気持ちになり、 私たちの倫理的想像力に火がつくのです。そして私たちは変わることができるのです。, あの運命の日以降、私たちは希望に向かう選択をしてきました。日米両国は同盟を結んだだけでなく友情も育み、戦争を通じて得るものよりはるかに大 きなものを国民のために勝ち取りました。欧州諸国は、戦場の代わりに、通商と民主主義の絆を通した連合を築きました。抑圧された人々や国々は解放を勝ち取 りました。国際社会は、戦争の回避や、核兵器の制限、縮小、最終的には廃絶につながる機関や条約をつくりました。, しかし、国家間の全ての侵略行為や、今日世界で目の当たりにする全てのテロ、腐敗、残虐行為、抑圧は、私たちの仕事に終わりがないことを物語って います。人間が悪を行う能力をなくすことはできないかもしれません。ですから私たちがつくり上げる国家や同盟は、自らを防衛する手段を持つ必要がありま す。しかし私自身の国と同様、核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければなりません。, 私が生きている間に、この目標を実現することはできないかもしれません。しかし粘り強い努力によって、大惨事が起きる可能性を低くすることができ ます。保有する核の根絶につながる道を示すことができます。核の拡散を止め、大きな破壊力を持つ物質が狂信者の手に渡らないようにすることができます。, しかし、これだけでは不十分です。なぜなら今日世界を見渡せば、粗雑なライフルやたる爆弾さえも、恐ろしいほど大きな規模での暴力を可能にするか らです。戦争自体に対する私たちの考え方も変えるべきです。そして外交を通じて紛争を回避し、始まった紛争を終結させるために努力すべきです。相互依存の 高まりを、暴力的な争いではなく平和的な協力を生むものであると理解し、それぞれの国を破壊能力ではなく、構築する能力によって定義すべきです。, とりわけ、私たちは人類の一員としての相互の結び付きについて再考すべきです。これも人類を他の種と区別する要素だからです。私たちは、遺伝子 コードによって、過去の過ちを繰り返すよう定められているわけではありません。私たちは学ぶことができます。選択することができます。子どもたちに異なる 物語、つまり共通の人間性を伝える物語であり、戦争の可能性を低下させ、残虐行為を受け入れ難くするような物語を話すことができます。, 私たちは、こうした物語を被爆者の方々に見てとることができます。原爆を投下したパイロットを許した女性がいます。本当に憎んでいたのは戦争その ものであることに気づいたからです。この地で命を落とした米国人の遺族を探し出した男性がいます。彼らが失ったものは自分が失ったものと同じだと信じたか らです。私の国の物語は簡潔な言葉で始まりました。「万人は平等に創られ、また生命、自由および幸福追求を含む不可譲(ふかじょう)の権利を、創造主から 与えられている」というものです。こうした理想を実現することは、国内においても、自国の市民の間でも決して容易ではありません。, しかし、この理想に忠実であろうと取り組む価値はあります。これは実現に向けて努力すべき理想であり、この理想は大陸や大洋を越えます。全ての人 が持つ、減じることのできない価値。いかなる命も貴重だという主張。私たちは、人類というひとつの家族の一員であるという基本的で必要な概念。これこそ私 たちが皆、語らなければならない物語です。, だからこそ、人は広島を訪れるのです。そして大切に思う人々のことを思い浮かべます。朝一番に見せる子どもの笑顔。食卓でそっと触れる伴侶の手の 優しさ。ホッとさせてくれる親の抱擁。こうしたことを考えるとき、私たちはこの同じ貴重な瞬間が71年前、ここにもあったことを知ることができます。犠牲 となった方々は、私たちと同じです。普通の人々にはこれが分かるでしょう。彼らはこれ以上戦争を望んでいません。科学の感嘆すべき力を、人の命を奪うので はなく、生活を向上させるために使ってほしいと思っています。, 国家が選択を行うとき、指導者が行う選択がこの分かりやすい良識を反映するものであるとき、広島の教訓が生かされることになります。, この地で世界は永遠に変わりました。しかし、今日この町に住む子どもたちは平和な中で一日を過ごします。なんと素晴らしいことでしょう。これは守 る価値があることであり、全ての子どもに与える価値があることです。こうした未来を私たちは選ぶことができます。そしてその未来において、広島と長崎は、 核戦争の夜明けではなく、私たち自身が倫理的に目覚めることの始まりとして知られるようになるでしょう。, By U.S. Mission Japan | 2016年5月27日 | トピックス: スピーチ・声明, バラク・オバマ米国大統領, 本サイトは、在日米国大使館および領事館の公式ウェブサイトです。外部サイトへのリンクは、そのサイトに記載さ れる見解・意見、あるいはそのサイトの個人情報保護に関する方針を支持するものではありません。. バラク・オバマの広島訪問(バラク・オバマのひろしまほうもん)は、2016年5月27日に44代目アメリカ合衆国大統領バラク・オバマがアメリカによって原子爆弾を投下された広島を訪問し、核兵器の廃絶を訴えた出来事について記す。同国によって核兵器が投下された日本の都市へ現職のアメリカ合衆国大統領が訪問するのは初めてのことである 。 オバマ大統領の広島演説を受けて、聞いて 2016年5月27日. 2016年5月27日にオバマ大統領が広島を訪問して演説したスピーチの英語全文、和訳(日本語訳)、解説です。訪問前から注目されたアメリカから日本への「謝罪」めいた表現はなく、人類太古からの戦争の歴史を振り返り、今後の「核兵器廃絶」を目指そうという全世界に向けてのメッセージとなっていま … オバマ大統領は、1945年8月6日に世界で初めて原子爆弾が落とされた広島を訪れたことで、この議論に足を踏み入れることになった。広島の平和記念碑と平和記念資料館ほど、このような平和主義的認識を明白かつ強烈に表している場所は他にないだろう。オバマ大統領は、歴代の大統領によって検討されては退けられてきた広島訪問という議論を呼ぶ行動をとることを決断した。そして、より重要なのは、オバマ大統領がその感 … なぜオバマ大統領は広島に来たのか、 広島平和記念公園におけるバラク・オバマ大統領の演説 Home Home | お知らせ・イベント | 広島平和記念公園におけるバラク・オバマ大統領の演説 *下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。 広島平和記念公園. 北朝鮮を無視するか、仲良くしたい, トランプ大統領、シリア攻撃に踏み切った。 質問です。 オバマ大統領の時に、化学兵器が使用されたことは. 2016年5月27日、アメリカのオバマ大統領が広島の平和記念公園を訪問し、演説しました。全世界が注目したスピーチの全文を、原文と日本語訳でご紹介します。所感の全文日本語訳71年前の晴れた朝、空から死が降ってきて世界が一変しました。せん光が広 世界平和をもたらす為に宗教は何か役割を果たせるか。 71 オバマ広島演説の報道で不可解だったのは、米大統領が常に携帯する核攻撃命令のボタンを誰も報道で言及しなかった事。所がcxがミスターサンデーで撮影していた。演説中もすぐ傍に核発射ボタンはあった。これが平和幻想カルトが見たくない現実である 自分は寧ろ、オバマ元大統領です。, オバマ元大統領について語りませんか? これについてみなさんの意見を聞きたいです。 よろしくお願いします。, 「レジェンドとは」に関するQ&A: クリンビューのイオンコートレジェンドはコーティングとしては良いと思いますか?, 「核 作り方」に関するQ&A: 防空壕や核シェルターを作り方を教えてください, 「核 作り方」に関するQ&A: アメリカは日本になぜ原爆を落としたのでしょうか, ※各種外部サービスのアカウントをお持ちの方はこちらから簡単に登録できます。 お客様の許可なしに外部サービスに投稿することはございませんのでご安心ください。, オバマ元大統領と、ブッシュ元大統領なら、どちらが好きでしたか? オバマ氏が広島市平和記念公園で行った演説全文は次の通り。 71年前の雲一つない晴れた朝、空から死が降ってきて、世界は一変した。 やはり、現代でならオバマ氏は世界一、頭が良く、人望も厚く、唯一, トランプ大統領とオバマ大統領の違いは、日本と経済戦争をしたいのか? オバマ大統領の広島演説を受けて、聞いてなぜオバマ大統領は広島に来たのか、世界平和をもたらす為に宗教は何か役割を果たせるか。これについてみなさんの意見を聞きたいです。よろしくお願いします。オバマ大統領は核に関するスピーチで 平和記念公園で被爆者の森重昭さん(中央手前)と抱き合うオバマ米大統領=2016年5月27日、広島市中区【時事通信社】, バラク・オバマ米大統領は2016年5月27日夕、現職米大統領として初めて被爆地・広島を訪問した。オバマ氏は平和記念公園で「原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。歴史を直視して、何をしなければならないかを自問する共通の責任がある」と演説し、「核兵器なき世界」を追求する重要性を訴えた。1945年8月6日朝の惨劇の記憶を薄れさせてはならないとも語った。その後、参列した被爆者と言葉を交わし、抱き寄せた。, オバマ氏は2009年1月の大統領就任時から被爆地訪問を模索、7年越しの実現となった。一方、米大統領に原爆投下の事実と向き合うよう求めてきた被爆者にとっては、長年の願いがかなう歴史的訪問となった。, 71年前の雲一つない晴れた朝、空から死が降ってきて、世界は一変した。閃光(せんこう)と火の壁が街を破壊した。そして人類が自らを滅ぼす手段を持ったことを明示した。, なぜわれわれはこの地、広島にやって来るのか。そう遠くない過去に放たれた恐ろしい力について思案するために来るのだ。10万人以上の日本人の男性、女性、子どもたち、数千人の朝鮮人、十数人の米国人捕虜を含む死者を悼むために来るのだ。彼らの魂は私たちに話し掛ける。そして彼らは私たちに内面を見つめるように求め、私たちは何者なのか、何者になるかもしれないのかを見定めるよう求めるのだ。, 広島を際立たせているのは戦争の事実ではない。暴力的な紛争は原始人にも見られることが遺物から分かる。石英から刃物を作り、木からやりを作ることを学んだわれわれの祖先は、こうした道具を狩りだけでなく、同じ人類に対して使った。全ての大陸で、文明の歴史は戦争で満ちている。穀物の不足であれ金(ゴールド)への渇望であれ、国粋主義の熱狂的な扇動や宗教的な熱意であれ、帝国は興亡し、人々は支配されたり、解放されたりしてきた。節目節目で、罪のない人々が苦しみ、無数の死者を出し、彼らの名前は時間とともに忘れられた。.
2020 オバマ大統領 広島 演説