競走馬フェイトフルウォーの名鑑ページです。馬主や調教師、血統情報などの基本データから、条件別・競馬場別・距離別のレース戦績や次走情報など、スポーツナビ競馬では中央競馬の情報が満載! フェイトフルウォーの競走馬データです。競走成績、血統情報、産駒情報などをはじめ、50万頭以上の競走馬・騎手・調教師・馬主・生産者・レースの全データがご覧いただけます。 フェイトフルウォー、やんちゃ魂がすべてに優先した。 勝利など、二の次? それでも、勝っちゃった。 11月、東京スポーツ2歳S。 鞍上・田中勝春とて2度の放馬など、騎手として許されない。 なんとかゲートまで抑えて、レースをスタートさせた。 フェイトフルウォー (英: Fateful War)は、日本中央競馬会 (JRA) に登録されていた競走馬。おもな勝ち鞍は2011年の京成杯、セントライト記念。ステイゴールド産駒で、馬名の由来は「重大な戦い」。, 10月10日の東京競馬場第5R2歳新馬戦に田中勝春を鞍上に迎え、7番人気で出走。本馬場入場後に放馬してしまったが、馬体の異常を認められずそのまま出走、レースでは1番人気のサトノペガサスに2馬身1/2差をつける圧勝で初勝利を挙げた。放馬の際に他の馬をからかいにいくなど行動がまるでやんちゃ坊主のようであり、さらに実戦ではそれをみじんも感じさせぬ圧勝劇に、ゴールの瞬間東京競馬場の観客からは新馬戦とは思えない大歓声と拍手が巻き起こった。一旦かかってハナに立つも、押さえて3番手に道中つけるという新馬戦とは思えないような理想的な競馬であった。, 2戦目は11月20日の東京スポーツ杯2歳ステークスに出走し(騎手:田中勝春) 、騎手との折り合いつかぬまま道中優勝馬に前を遮られ気を悪くして後方まで下げるも、最後の直線で一気にまくり7番人気の支持ながら1着1番人気のサダムパテックに0秒6差の3着。3戦目は12月26日のホープフルステークスに出走し(騎手: 田中勝春)、3番人気に推されるも、鞍上との折り合いつかないまま後方まで下がることになったが、前走に続き最後の直線だけでようやくハミをとり、ベルシャザール、ナカヤマナイトに続く3着となる。, 1月16日の中山競馬場第11R京成杯では、新馬戦から同様に田中勝春とコンビを組み、2番人気の支持を得る。子供っぽさが抜けないやんちゃ馬に伊藤厩舎サイドはリングハミに変えるなど試行錯誤した。レースでは先行して直線で先頭に立つとソラを使ったが、伏兵デボネアの差しをハナ差かわして重賞初制覇。また、伊藤伸一調教師に初の重賞勝利をプレゼントした。震災の影響で舞台が東京競馬場に変更となった4月24日の皐月賞では中団から追走したが直線で全く伸びず12着に敗れた。5月29日の東京優駿では13着と惨敗。秋に入り、柴田善臣に乗り替わりとなった9月18日のセントライト記念では中団待機から直線で鋭く脚を伸ばしトーセンラー、サダムパテックの追撃を振り切り重賞2勝目を飾った。10月23日の菊花賞では中団から追走したが直線で伸びず7着に敗れた。, 3月24日の日経賞では中団から追走したが直線で伸びず8着。4月29日の天皇賞・春は中団追走も直線で全く伸びず13着に敗れた。その後両前肢腱鞘炎を発症、休養に入った[1]。, 腱鞘炎から復帰したが、今度は調教中に左前脚屈腱炎を発症し[1]、6月23日付けで競走馬登録を抹消された。引退後は茨城県牛久市のセグチレーシングステーブルで乗馬となる[2]。去勢される予定であったが、間髪入れず、一口馬主のうちの一人であった現オーナーが引き取り、乗馬として登録。登録名は変わらずフェイトフルウォーのままである。その後土浦市の「ホースパークギャラクシー」に、次いで2018年にオーナーの故郷である群馬県馬事公苑に移り[3]乗馬兼マスコット馬「フェイトっち」の愛称で元気に暮らす。, 父ステイゴールド、母父メジロマックイーンという配合は同世代の三冠馬オルフェーヴルと同じ。, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=フェイトフルウォー&oldid=73069668. フェイトフルウォー (英: Fateful War)は、日本中央競馬会 (JRA) に登録されていた競走馬。おもな勝ち鞍は2011年の京成杯、セントライト記念。ステイゴールド産駒で、馬名の由来は「重大な戦い」。
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